【書評】「社会派ちきりんの世界を歩いて考えよう!」ちきりん著

小飼弾氏のように元々ネームバリューのある人がブログを書いて著者になったのとは異なり、無名の一サラリーマンが日記代わりにブログを始め、それが大ヒットして出版においてもベストセラー作家になった、ちきりん氏の3冊目。私もブログを愛読しているが、まず、文章にリズムがあってとても読みやすく、そして何よりちきりん氏の社会を見るフィルターが独特で、そこが最大の魅力となっている。


ちきりん氏の著書のテーマでもある「考えよう」はまさに自分独自のフィルターを持ち、そこから見た世界を表現しよう、とのことに他ならない。本書はまさに著者のフィルターを通してみた旅行記であり社会文化論である。


確かに旅に出ると語りたくなる。私ごとだが、以前、世界一周の旅をしているとき、こんなことを言う旅人がいた。ヨルダンの安宿だったと思うが、彼は日本を出てから長く、かなりの期間、旅をしているようだった。バックパッカーにとって「旅の長さ」は一種のステータスでもあるようで、彼の話を聞きに短期の学生らしき旅行者がベッドを囲んでいた。私も同室で聞くともなしに聞いていたが、話はスリランカ旅行に及んだ。その部屋にはスリランカに行ったことのある人が誰もおらず、当然、誰も詳しくない。


その彼が言うに、スリランカは路線バスに乗せてくれないのだそうだ。基本的に道路で手を挙げると、現地に人だと止まってくれるのだが、旅行者は素通りされることが多いと言う。私もスリランカには行ったことがあるのでよくわかる。ただ、その乗せてくれない理由を聞いて目が点になった。「小乗仏教」だからだと言う。今時、日常で「小乗仏教」と言うのも珍しいが(通常は「部派仏教」や「上座部仏教」と言う)、それはさておき、バスに乗せてくれない理由が、なぜに「小乗仏教だから」なのか。だとすれば、同じ小乗仏教のタイやミャンマーもバスに乗せてくれないのではないか。


おそらく彼の中で、スリランカについて知ってる知識が「小乗仏教の国」である程度だったのだろう。よって、現地で起こるすべての現象はすべて小乗仏教に理由が起因するのである。ただ、唯一彼の偉いところは、その一連の現象を自分で考えた、と言う点である。しかし、悲しいかな、知識が不足しすぎていた。ちなみにスリランカがバスに乗せてくれない理由は、外国人旅行者には専用のバスやタクシーなど、ツーリスト用の移動手段が確立され、効率的をお金を落とさせるシステムができているから。なので、物価はインドとさほど変わらないながら、上手に出費が増えていくのである。


話が大きくそれてしまったが、ちきりん氏はまず自分で考えることがベースにありながら、国際政治、経済、文化に対する知識見識もたいそうなものである。ただ、本書に限ってはどこまでが一般の定説なのか、ちきりん氏の独自見解なのかははっきりとはわからないが、行ったことのある国ない国に限らず、「なるほど」と思いながらスピーディに読ませてくれる。


例えば「伊藤博文のお札が消えたワケ」などはどうか。確かに伊藤博文は聖徳太子などと同様、昭和のお札であるが、お札のデザインなどコロコロ変わるし気にすることでもなかった。それが、次の年表を見ると、確かにドキッとする。

1981年 7年後のオリンピックの開催地がソウルに決定
1984年 日本の紙幣の全面改定(伊藤博文などが消える)
1988年 ソウルオリンピック

こう並べられると、ちきりん氏でもなくとも推測はできる。伊藤博文は豊臣秀吉と並んで、韓国(朝鮮)では最大の敵(かたき)である。秀吉は朝鮮出兵(して唐辛子を持ち込んだが)、伊藤は日韓併合の総統者であったから(伊藤は日本の国益にならぬと反対していたそうだが)。いずれにせよ、ソウルオリンピックにより日本の観光客が増えた際、伊藤博文のお札が韓国の市中に出回ってはまずいのだ。


そのように考えると、お札のデザイン一つとっても、その国のアイデンティティなり、国際社会における立ち位置なりが見て取れ、身近な小さな材料がいかに大きな問題にくい込んでいるかを考えるきっかけにはなる。ちきりん氏はそのようなフィルターを著書やブログを通して常に読者に与えてくれ、そのことから「オレも考えよう」という気にさせてくれるところが、著書の最大の魅力と言えよう。


そう言えば話は変わるが、最近は「お笑い」は流行らないそうだ。いやいや、今や空前のブームではないかと言われるだろう。しかし、厳密にはダウンタウン以降、単に笑わせられるだけでなく、自分も人を笑わせたいなる風潮が生まれたようで、確かに今流行っているのはドリフやひょうきん族のような大がかりなコントではなく、「すべらない話」のような誰にでもできそうな(だけどプロとして計算しつくされた)番組が多い。実際、DVDも売れているが、買う側はあれを見て「笑う」のではなく、「分析する」のだそうだ。


これと同じように、ちきりん氏の著書も単なるブロガーとして身近な存在であるだけに、「ちきりんはこう考えるが、オレはこうだ」なる軽やかな挑発心をところどころに挟み込んでくれている。もちろん「小乗仏教だからバスに乗せてくれない」のような、知ってる知識をつなぎ合わせただけのものでは決してなく、正直、素人には真似できないプロ作家としてのフィルター武装があるのだが。


村上春樹の本を読んでは「オレも書けそうだ」と思い、松本人志の芸を見ては「オレもできそうだ」と思う。しかし、到底そんなレベルには及びも付かず、それでも「できそうだ」と思わせるところに奥歯を噛みしめたくなる心憎さがあり、それが人気の秘訣でもあるのだ。ちきりん氏のブログや本を読んでもそう感じることがある。一冊の本を10秒で読む小飼弾にはなれずとも、ちきりんにはなれそうだ。それがまたちきりんの魅力なのであろう。

社会派ちきりんの世界を歩いて考えよう!/ちきりん

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