■霊性と科学

こんばんは、石田久二です。


霊性と科学とは、一見、真逆のように感じられますが、実際には完全にイコールの関係で成り立っています。霊性と言うと、とかく霊だとか、占いだとか、宗教だとか、科学とは相容れない概念のように思われますが、エジソンが「霊性=インスピレーション」と言った例にならうと、科学の発展において「霊性」は無くてはならないことがわかります。


実際、科学的な発展において、完全に論理的、演繹的に進展することはほとんどなく、発展を導く下地は論理的であっても、新しい発明、発見については「直感」としか言いようのないケースがほとんどです。または偶然と言うこともできます。


論理的演繹的な動線としては「三段論法」がシンプルです。つまり、

1.A=B
2.B=C
3.∴A=C

しかし、本来の科学的発展はこの図式に留まりません。仮のこの図式で「A=C」という商品を開発したとしましょう(純粋自然科学ではなくマーケティングの話で恐縮ですが)。まず、地道な開発ベースがあったとして、これを「A=B」とします。そこで例えば市場調査などをして、ニーズをかき集めます。これを「B=C」とします。ここから「A=C」なる商品が導かれるのですが、勘のいい人は、市場調査)(B=C)などなくとも「A=C」を導き、それを後付けで市場調査等により根拠付けすることはあります。


しかしそれでは、斬新な商品開発はできません。アップルの元CEOである故スティーブ・ジョブズは、決して「A=C」で満足する人ではなかったのでしょう。彼は常に、

「A=D」

を模索する人でした。「A=C」ならば思いついても「B=C」なる根拠を提示できますが、「A=D」にはどこにも根拠はありません。「Dはどこから出てきたんだ!おい!」と言われても、「直感だ」としか言えないでしょう。


この「直感」こそがまさに「霊性」の源です。「霊性」が「直感」の源と言った方がいいのかな。いずれにせよ、商品開発せよ、自然科学にせよ、大きく発展するには常に「D」の存在が重要でした。


「科学」は「霊性」によって導かれました。つまりサイエンスとは限りなくスピリチュアルな営みであり、サイエンスを否定する人にスピリチュアルを語る資格はないと言えましょう。


ただ、言うまでもないですが「A=D」を導くには、それまでの論理的演繹的積み重ねが不可欠ですので、「D」を導くために瞑想ばかりしててもダメ。「直感」は大切ですが、そのための基礎は大前提なのですから。


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