■レトリーバルの話

こんばんは、石田久二です。
最近、「体外離脱するサラリーマン」の著者である、とみなが夢駆さんとお知り合いになってから、再びヘミシンクへの関心が高まってきました。

体外離脱するサラリーマン―ヘミシンクで“誰でもできる”不思議体験/とみなが 夢駆

¥1,890
Amazon.co.jp

ヘミシンクについては、私的には極めてまっとうな技術であり、大いに活用する価値があると思っています。ただ、見たところ、どうしても「オカルト」的な説明が散見され、その点は確かにオカルト市場では有利に働くのでしょうが、いわゆる一般の人の間ではマイナスの反応を呼び起こすのではと思われます。


あくまで私の理解の範囲ですが、ヘミシンクとは一言で言うと、「ただのヒーリングミュージック」です。ステレオの左右に微妙に違った周波数で音を出す「バイノーラルビート」についても、今ではたくさんのCDで活用されています。


ただ、ヘミシンクがそのようなヒーリングCDを異なる点は、やはり臨床データの大きさでしょうか。そもそも東洋の宗教音楽等に用いられた、ガムラン、ディジュリドウ、インド音楽、チベット密教から、最近ではクリスタルボールなど、聞き手をトランス(変性意識)の状態に導く音楽は、伝統的に活用されてきました。


ヘミシンクはそのような伝統的な音響効果を「科学的」に再現するすることに成功した音源であり、そのための理論構築はもちろんのこと、理論に基づいた、たくさんの臨床データの積み重ねとその効果こそが、他のヒーリングCDとは一線を画するところなのでしょう。


例えばヘミシンクで用いられる「フォーカス」のレベルなども、大乗仏教等で確認される「末那識」「阿頼耶識」「阿摩羅識」などにマッピングできると考えられるわけです。ただ「阿頼耶識」などに入るにはあくまで各人の修行のレベルといった曖昧な基準にしか頼れなかったのを、ヘミシンクの場合はより科学的、再現的にそれを担保した点が画期的だと言えるでしょう。


そのように、ある程度、ヘミシンクについて理解を進めて行くと、オカルト扱いされるのがもったいないほどの技術なのですが、ただ、私の中でも一つだけ腑に落ちない点があったのです。いや、正確に言うと、いくつかあるのですが、まずはこの点だけはどうしても理解に苦しむものでした。


それは何かと言うと「レトリーバル」という概念です。


カテゴリー: |―禅・瞑想 パーマリンク