歴史に残るジャズレジェンドの一人であるウェイン・ショーターに関する評伝。生まれ年は1933年と知って少し驚いた。今もまだ現役だが、80歳手前なのか。モード以降に活躍した奏者だけにもっと若い世代だと思っていた。ポール・チェンバースよりも年長だったのか。
それはともかくウェインも他のレジェンドと同様、幼少期から類稀なる才能を発揮してきたようだが、最初の才能は音楽ではなく絵画であったとのこと。その後、クラシックの傾倒し15歳からクラリネットを初めて短期間ながらレッスンを受けていたそうだが、チャーリー・パーカーらのビバップをラジオで聴いてジャズに開眼したとのこと。
それからどんどんとジャズにのめりこんでいくのだが、他のジャズレジェンドの評伝と同様、本書で見られるジャズマン同士の交流録がまた興味深い。まず目をつけられたのがソニー・スティット。その後、軍隊で射撃の名手と言われた時代、ホレス・シルバーとたびたびセッションを行う。
そして除隊後にメイナード・ファガーソンのバンドメンバーとしてステージで演奏している時、ジャズメッセンジャーズのリー・モーガンから目をつけられ、アート・ブレイキーがファガーソンの直談判することで、晴れてメッセンジャーズの一員となる。そこからウェインの本格的なキャリアが始まり、間もなくメッセンジャーズの音楽監督に就任。
アート・ブレイキーと言う人物は見た目の通り、かなり腕っ節が強かったらしく、それがリーダーたるゆえんとなっていたそうだ。ある時は酒の席でバンドメンバーのフレディ・ハバードをぶん殴って、その直後、土下座で謝ったりなどもあったとか。そんなエピソードが読めるのも楽しい。
そして何より興味深かったのが、パリでバド・パウエルとの遭遇である。精神を病んでヨレヨレのパウエルがメッセンジャーズ演奏を聴きに来ていた時、突然、ステージに呼ばれて1~2曲演奏することに。その時の演奏は幸いマシだったそうだが、その後、邂逅を喜んだメンバーは楽屋で酒盛りを始めてしまう。
ウェインは先に帰ってホテルで曲作りをしている時、突然、パウエルが現れたのだと言う。金の無心かと思って現金を隠そうとした時、ベッドの上のサックスを吹けと言う。ウェインがパウエルの曲を吹いたら、そのまま出て行ったとか。
後から回想するに、パウエルはウェインの才能にジャズの未来を見て安心したのだと述懐する。何とも心温まる話であるが、時代はもっと後になり、ウィントン・マルサリスとのエピソードも興味深い。マイルス五重奏団時代、かなり実験的な演奏をしたことがあり、それは後年レコードにもなったのだが、ある日、突然、そのレコードを持ってウイントンがウェインの元に現れた。ただ、一緒に聴いて欲しいとのことで。
他にも大酒飲みのウェインに活を入れるため、ライブ会場にジョー・ヘンダーソンを呼んで、2テナーでライブをしたこともあったとか。早急なレコード化を望むところだ。
本書の後半では「仏教者」としてのウェインが登場する。ウェインはもともとオカルト、スピリチュアル好きだったのだが、度重なる不幸に見舞われ、ハービー・ハンコックから仏教徒になることを勧められる。その宗教団体こそが、あの名高いS学会であることはよく知られた話だ。
その頃のウェインのキャリアはすでに確立され、S学会への入信がウェインに音楽的な新たな息吹を吹き込んだとは言い難いが、とにかく今もまだ会員であるところを見ると、よほど居心地がいいのだろう。ちなみにハービーとウェインの地位は、日本における久本雅美と同位である。
それにしてもウェインの演奏はかめばかむほど味が出てくる(ただし、ウェザー・リポートまで)。ウェインを真似することは到底不可能であるくらい、オカルト的な演奏だ。最初はとっつきにくいのだが、その味を知ってしまうと、ウェインの虜になる。そんな演奏者であるが、この評伝を読んで、ますますウェインにのめりこみそうになってる。
ただ、S学会の元会長であるDイケダ氏との邂逅の場面は微妙な意味でぞくぞくする。それがなかったら、、、と思うのだが、あるからこそウェインなのかもしれない。とにかく80手前にしてまだ現役であることに驚かされるが、ソニー・ロリンズやジョージ・コールマンも現役だそうで、ジャズマンのキャリアは意外と長いようだ。ちなみにハービーがジョージ・コールマンにキツイ一言を放ったエピソードなども記述されており、とにかくジャズ好きにはたまらないエピソード集のようなところもある。
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