「成りあがり」矢沢永吉著

 日本における最重要人物の一人である矢沢永吉の20代までの自叙伝。ライターは糸井重里氏。
 文字通りの「成りあがり」の人生で、この時でまだ30手前でスーパースター。そして今、還暦を迎えた永ちゃんだが、今でもスーパースター。

 ずっと祖母に育てられ、生活保護を受けるほど貧しかった少年時代。ある日、金持ちの同級生からクリスマスケーキを顔に投げつけられ、頬に付いたクリームを早くなめたい一心で、その同級生に食ってかかることなく、立ち去ってくれることを祈ったと言う。

 ハングリー精神の塊で、とにかく何かで成功したかった。当初は工場の経営でもしようと考えてたが、ビートルズに出会って開眼。自分のロックシンガーになるんだと、夜行列車で広島から上京。その手前の横浜で途中下車をし、アルバイトなどしながら、メンバー探してはキャバレーなどで現場を踏む。

 今でこそスーパースターの永ちゃんだが、当時は特に音楽的才能があったわけでもなく、ただただハッタリで実量をつけていく(その辺はもしかしたら「カメレオン」の矢沢栄作にも引き継がれているのではないか)。

 ただ、永ちゃんはひたすら純粋だった。とにかくスターになるためには手段を選ばない。素人に毛が生えたようなバンドであっても、下手なメンバーを次々と入れ替え、自分の世界をつくっていく。最終的に結実したのが、あの「キャロル」だった。

 一世風靡した後、自分は「矢沢永吉」として再出発。今に至る。

 

 永ちゃんは一見すると、はちゃめちゃ行き当たりばったりのようにも見えるが、上京を決めた日から、自分を「見せる」ことについて長けていた。つまり自己プロデュース力。糸井氏が行っていたことだが、上京するのに、何も「夜行」である必然性はない。それも横浜で途中下車する必要もない。

 しかし、その方がドラマになるのだ。一般的に考えると非合理的な行動であっても、それはスターとしては必然だったのである。本書の後半で、成功したらヘリコプターのラジコンを作りたい、なんてことをしゃべっている。それもまた永ちゃんのドラマの筋書きにある。もちろんヘリコプターである必然性もない。自分自身を客観的に思い描きながら、成功までのドラマ、その後のシナリオを常に書き続けているのだ。

 専門的にはそれを「メタ認知力」と言うが、つまり、永ちゃんは自分を「メタ(上位)」から見る視点が、おそらく少年時代から培われており、すべてはドラマのシナリオとして、それを演じ続けてきたのではないか。

 本書は30年以上長く読まれ続けているが、今でも最高の「自己啓発書」として色あせることはない。

成りあがり How to be BIG―矢沢永吉激論集 (角川文庫)/矢沢 永吉
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