私が滝行を始めるにあたって般若心経を覚えねばならず、その際に購入した最初の一冊。平易な現代語訳(意訳)に美しい写真、そしてオマケのCDにひかれて購入した。初心者向けではあるが、著者である「ひろさちや」氏による般若心経の解説書(解釈書)とも言え、これを以って般若心経の真意が誤解を招かずに伝わるものか不明である。とは言うものの、初学者にとってこれほど分かりやすい入門書は他になく、仏教等に特別な関心がなくとも、日常生活の知恵として般若心経に触れるためには、優れて良書であろう。
例えば冒頭の「観自在菩薩」については通常は単に「観音様」と訳して終わりのところを「ものの見方」というテーマで一つのエッセイを仕上げている。これから世の中を見て行く際気をつけなければならないことと言うことだ。それを「蜘蛛の巣にかかった蝶を幼稚園の先生が助けたエピソード」を用いて説明している。つまり蝶は可愛くて蜘蛛は憎らしいというのは人間の先入観じゃないか、そのような偏った見方で見てはならない、ということを説いている。
また、有名な「色即是空(空即是色)」については、本来は「形あるもの(色)は形がなく(空)、形がないもの(空)は形がある(色)」と説明される。これでは何のことかわからないところ、ひろ氏は見事な比喩を使って説明する。「美しい薔薇には棘がある、棘があるから薔薇は美しい」、と。美しいと思っているものは同時に危ない要素もあり、危ないからこそ美しいという側面がある。つまり、モノ(客体=「色」)を見るときは、見る側の物差し(尺度)によって見ているに過ぎず、実際はモノ自体をとらえてはない(主体=「空」)が、一方、見る側の物差し(尺度)そのもの(主体=「空」)が、モノ(客体=「色」)を映し出しているのだ。従って、実体そのもの(美しい薔薇)は実体がなく(薔薇には棘がある)、実体がないからこそ(薔薇には棘がある)、実体がある(薔薇は美しい)という説明となる。「色即是空(空即是色)」については、多くの解説があるが、この比喩は見事である。多少の学識があるものならば、量子力学や現象学のテーマにまで踏み込んでいることを理解するであろう。
とこのように般若心経を分かりやすい比喩や、エピソード、時にはトリビア的な豆知識なども織り交ぜながら平易に解説していく。そもそも般若心経は「書物(解説書)」ごときで真意を理解し得るものではなく、人生・生き方の積み重ねの中で各々が理解していくものである。とは言うものの、般若心経を生活の知恵、生活のバイブルとして身につけていく際、取っ掛かりとしてはこれほど優れた解説書も少ない。単純な読み物としても十分に楽しめる。一家に一冊は置いてて損はない。ただし惜しむらくは写真ページを中心に製本しているため、何度も読んでいるとページがばらけてしまうのだ(笑)。
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