「はだしのゲン」中沢啓治著

 「はだしのゲン」は「ギャグ漫画」である。
 少なくとも私は本作品を戦争や原爆を舞台とした、反戦反核をテーマとした啓蒙書とは読んでいない。
 もちろん本作品にそのような側面があるのは十分に認める。
 むしろ多くは「はだしのゲン」をその種の反戦反核漫画として読んできたであろう。
 それを承知であえて言いたい。
 「はだしのゲン」はギャグ漫画である、と。
 しかしながら、本作品の反戦反核漫画としての色合いがより濃くなってきた後半は、そのギャグ色も薄れがちである。
 従って私が主張するように、「はだしのゲン」を純粋なギャグ漫画として読むには、前半がよい。特に良い。何度読んでも笑える。
 例えばこれはどうだろう。
「信念が人生を創る!」石田久二公式ブログ
 アメリカ兵からもらった「ガム」のことを「アメリカのアメ」と名付けて自慢している。
 この得意気な顔。これだけで小一時間笑っていられる。本作品中の白眉である。
 また、作品中に出てくる各登場人物のセリフも実に笑える。
 例えば次などは、日常のあいさつ言葉、または憎らしい上司を懲らしめるためにも是非覚えておきたい。
さよなら三角
またきて四角
四角はトウフ
トウフは白い
白いはうさぎ
うさぎははねる
はねるはカエル
カエルは青い
青いはバナナ
バナナはむげる
むげるはチンポ

一つひろったハゲがある
二つふまれたハゲがある
三つみにくいハゲがある
四つよこにもハゲがある
五つゆがんだハゲがある
六つむかしのハゲがある
七つななめにハゲがある
八つやけどのハゲがある
九つころんだハゲがある
十でとうとうまるハゲじゃ~

 「さよなら三角」は実際にはいろんなバージョンがあるが、このはだしのゲンバージョンが一番面白い。
 ポイントは言うまでもなく「むげるはチンポ」である。
 また「一つひろったハゲがある」は童心に戻ったつもりで、会社を辞める前日に世話になった上司の真ん前で是非歌おう。
 気分も晴れるであろう。
 さらに本作品はギャグ漫画と同時に「トラウマ漫画」としても秀逸である。
 その中の主たる3シーンをご紹介しよう。
 まずこれ。実にえげつない。子どもの恐怖心を直撃する。
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 次にこれ。「ギギギ・・」と言うのははだしのゲン特有の描写であるが、幼き作者には、本当にこのように聞こえたのであろう。リアリティがあり過ぎる。
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 3つ目がこれ。今現在、このような光景を目にすることはまずない。
 このコマだけ見せられたら、一体どんな話なのだろうと好奇心だけが膨らむ。
 これを目にした主人公ゲン(つまり作者)は、鼻を摘んで「くさいのう、くさいのう」ともらしている。くささが地肌に伝わる描写である。
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 いかがだっただろうか。紹介した3カットは「トラウマ漫画」としての特色を強調するに余りあるものだが、同時にやっぱり「ギャグ漫画」としての立派なアクセントとなっている。
 
 ちなみに本作品は純粋に心ゆすぶられるシーンも少なくない。
 中公文庫コミック版の第7巻の「あとがき」に評論家の呉智英氏が鮮烈な印象として掲げている箇所を紹介したい。
「とりわけ、その土俗的な表現には、しばしば心をゆすぶられた。ゲンが浪曲を演じて米をもらうシーン、政が怨霊となって蘇るシーン、そして、亡き友子を浜辺で荼毘に付すシーンは全篇中の白眉である。これに近い事実を作者の中沢啓治が自ら体験したか間近で見聞きしたのだろうが、巨大な災厄に民衆がどのように立ち向かい、不条理な運命をどう受容するか、見事に描き出している。」
 同感である。


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