何を聴こうかとCDの棚を眺めていたら、次のCDが目に飛び込んできて、今、久々に聴いています。
リガーディング・スタンダード/中村健吾
¥2,500 Amazon.co.jp
日本人ベーシストのリーダー作。まだ比較的若いです。チャールズ・ミンガスでもなく、レイ・ブラウンでもなく、ポール・チェンバースでもなく、ましてやジャコ・パストリアスでもマーカス・ミラーでもなく、それからブライアン・ブロンバーグでもクリスチャン・マグブライドでもなく、中村健吾さんというベーシストのCDを持っていて、今聴いています。失礼な話かもしれませんが、、、何でもってるんだろう?
思い出しました。数年前、福岡のジャズ屋でのライブを聴いた時のことでした。確か日本人ピアニストとのデュオだったと思うのですが、ニューヨークでご活躍されているだけに、本場の香りがプンプンして、すごくよかったのを覚えています。
ライブが終わってお酒も楽しんだので、店を出ようとお勘定をしている時、中村さんが突然、「ありがとうございました」とお見送りしてくれます。感じのいい人だな、、、と思った次の瞬間、このようなセリフが飛んできました。
「こちらは最新作で、それからこちらはちょっと前に吹き込んだスタンダートですが、どっちがいいですか?」
それをサラッとさわやかに言うのです。思わず、、、「じゃあ、スタンダードを」と言って2,500円支払って出たのですが、これがその時のCDです。
もちろんライブ素晴もらしかったし、CDだって満足しているのですが、その時は何が何でも欲しいって感じでもなく、思わず買っちゃったってのが正直なところ。
かと言って、無理矢理買わされた感もなく、気が付いたら財布から2,500円を出していたのです。ああ、そうか。ダブルバインドだ。店を出てから気が付いて、思わず笑ってしまいました。
「ダブルバインド」ってのは、催眠誘導なんかでもよく用いられる手法で、そもそもはミルトン・エリクソンのモデリングだと言われています。その前にグレゴリー・ベイトソンが統合失調症の研究をしている際に発見されたパターンだとも言われています。
それはさておき、最近では営業手法なんかでもしばしば用いられます。極端な例かもしれませんが、
「12回ローンになさいますか、それとも24回ローンになさいますか?」
「こちらの青い洋服と、そちらの赤い洋服と、どちらの方がよろしゅうございますか?」
「先ほど見た3階の角部屋と、こちらの3LDKの7階と、住むとすればどちらがいい気分になられますか?」
などと、二者択一で相手に質問を投げかけるのです。そこで例えば「では24回ローンで」と思わず言ってしまえば成約です。
もちろんそんなにうまくはいかないと思いますが、それまでしっかりした人間関係と、必要性を理解して頂ければ、その質問だけであっさりと片付くことだってあります。これは「買う」を前提として挟んだ質問法で、まさにダブルバインド(板挟み)になってしまうのです。
このCDを買った時も、ライブはよかった、できればまた聴きたい、演奏者の方も感じがいい、、、そこでダブルバインド。理屈は知っていても、面白いほどにあっさりかかってしまいました。
この中村健吾というベーシストは確かに一流です。ウィントン・マルサリスのバンドで活躍してるって言うだけで、十分すぎるほどの権威付けはなされるし、それだけ素晴らしいミュージシャンには間違いありません。
ただ、、、と言っては失礼かもしれませんが、世界には素晴らしいミュージシャンもたくさんいて、誰もが一生懸命に凌ぎを削っているわけです。それこそウィントンのバンドに入りたいミュージシャンなどゴマンといるはず。
その中で中村健吾さんが抜擢されたのか、もちろんベーシストとしての腕前の素晴らしさもあるのでしょうが、何かそこへの「プラスアルファ」があったのだとすれば、おそらく彼の天性とも言える「営業センス」だと思うのです。
ご本人は営業スキルの本などきっと読んではないでしょう。だけど、子どもの頃から、人の懐に入って行ったり、人にお願いしたりするのは、きっと不得意ではなかったはず。そのような「営業センス」と「腕前」がしっかりと相乗効果をもたらして、頭一つ抜け出たステージに立つことができた。
先日も取り上げたと思いますが、ランチェスター営業戦略によると「営業:商品=2:1」が商売としてバランスのとれた分配だと言われています。ミュージシャンに例では、「商品」がまさに「腕前」のことであって、「営業」は売り込む力のこと。
ですので、もしもミュージシャンとして一流になりたければ、「腕前」を磨くことはもちろんですが、その倍は「売込」の努力をするべきだと思うのです。もちろんミュージシャンに限らず、あらゆる業種にも成り立つ公式。
CDを聴きながら、ふと、そんなことを思い出しました。
石田久二(いしだひさつぐ)
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