【書評】「火事場の仕事力」ゆでたまご・嶋田隆司著

何を隠さずとも、私は「キン肉マン」が大好きである。愛してると言ってもいい。ちょっと落ち込んだときなど、「キン肉マン」を読むだけで元気になれる。そんなファンは、全国に大勢いるだろう。そして何より、あの「ジャンプ黄金時代」を代表する作品であるだけに、間違いなく少年マンガを代表する大ヒット作である。
しかしその一方で、作者ゆでたまご氏に対しては、ヒット作が「キン肉マン」しかないことで揶揄する向きもある。実際にはあれだけのヒットを一作でも出したのだから、漫画家としても相当な成功者に違いない。しかし世間の目は、まるで一発屋のお笑い芸人にように見ることもあり、本書では、その当時の苦悩についても正直に記されている。しかし、そのヒット作である「キン肉マン」の連載そのものについてもすべてがすべて順調と言うわけじゃなく、様々な葛藤があったことが告白される。
例えば最初の「超人オリンピック」により、ドタバタの怪獣退治から、ややシリアスな戦闘マンガ、つまり少年ジャンプのヒット定石への路線変更に成功した後、新たなシリーズである「アメリカ遠征編」では大コケしてしまった。その理由はこう反省する。ちょっと小難しいストーリーを展開することで、それまでの読者層であった小学生男子から、ちょっと青年層にも広げようとしたこと。また、ずっと後の「キン肉マン二世」の後半、「究極のタッグ編」においても、あらゆる読者層に気を遣って、新旧キャラを平等に扱うことで話がダレてしまったこと。
いずれも本来の「読者層」を見誤ったことが原因である。私は確かに「キン肉マン」の大ファンであるが、同時に著書を世に出す表現者としても、いつかは大ベストセラーを世に出したいと狙っている立場から、非常に参考になる部分が多かった。ゆでたまご氏に失礼な言い方になるかもしれないが、氏は決して天才ではない。漫画界の天才としては、手塚治虫を筆頭に、藤子不二雄、赤塚不二夫、植田まさしなど、老若男女誰にでも愛される作品を出せる作家だとすれば、ゆでたまご氏はそうではない。極めて限られた読者層にしか受け入れられない平凡な作家である。
しかし、一部の天才を除く大部分の凡人が勝っていくためには、意図的にでも読者層を絞る必要がある。そこを踏み外したとき、ヒット作「キン肉マン」でさえもコケるのだ。また、凡人はいつでも全力投球して決して手を抜いてはならない。それから、いざというときのために貯金もしておく、実現したいことは人に言う、自分のできることしかしない、など当たり前のことであるが、いずれも非天才としてあるべきスタンスをまっとうしている。
つまり本書は「仕事力」とのタイトル通り、一般ビジネスマン向けの新書であるのだが、それは凡人がいかに成功を手にするかという、極めて我々目線に書かれたノウハウ本として読めるものである。大企業でない中小零細個人事業主が、いかに勝つためかの経営戦略を「弱者の戦略」と呼ぶことがあるが、本書はまさに「弱者の戦略」の指南書でもある。その鉄則として「客層」を絞ることの重要性はすでに述べた通りであるが、弱者が勝つためにはお客と「接近」することも求められる。経営戦略としては、対面、電話、はがきなどが勧められるのだが、実はゆでたまご嶋田氏はTwitterを用いて、常に読者と接近戦している。
「キン肉マン」という、すでに賞味期限が切れたはずの作品を今再び手がけ、いわゆるリバイバル作としては異例のヒットを飛ばしているのだが、その秘訣は客層戦略に接近戦など、まさに「弱者の戦略」を徹底したことにあるのだろう。ちなみに以前、ネプチューンマンが時間超人にフルボッコにされた際、嶋田先生のTwitterに思わず「ネプチューンマンを見捨てないください!」とツイートしたところ、すぐにフォロー返しして頂いた。そのような我々目線の地道な交流がまた、「キン肉マン」を再び盛り上げる言動力の一つとなっていることは間違いない。
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