≪魔法使い養成講座ζ≫ チャリ旅トークライブ【金運の術編8】
ツアー8日目、大宮。この日は「ちょっと不思議な話」をすると決めた。お金から離れていく世の中、AIがAIを育てる年、空海の意外な素顔、そして心の岩戸。前半はフリートーク、後半はテキストに沿って「金運の術」を話した。
その日のしゃべりを、まとめておく。
前半 フリートーク
その日その場で話したこと
今日のテーマは「まずは1億円」。お金の話だ。ところが最近、お金にあまり興味がない。正確に言えば、お金にはめちゃくちゃ興味がある。でも、もうそういう時代ではないのではないか。僕個人ではなく、世の中全体がお金からだいぶ離れていく気がしているのだ。
ここのところ、やたらとベーシックインカムのニュースを聞く。日本なら月7〜8万円の、生活の最低限の保証だ。イーロン・マスクに言わせれば、それどころではない。ユニバーサル・ハイインカム。極端な話、月100万円をボンと支給する世界だ。
実は、それをすでに実現した国がある。南太平洋のナウルだ。何千年も海鳥が糞を落とし続けた島で、それが質のいいリン鉱石になった。肥料として全世界に輸出したら、国ごと大金持ちになった。国民は働かなくていい。ベーシックインカム状態だ。
ただし、資源は有限だった。
20世紀の終わりには枯渇した。働かない国は、一気に貧しい国になった。今はオーストラリアやニュージーランドに支えてもらっているらしい。
極端な例だ。それでも、もうお金を追わなくても、好きなようにやっていけばいいというフェーズに入っている気がする。1億円が欲しければ、たぶん入ってくる。それくらい、このチャリ旅の間にも世の中は進化した。
チャリ旅に出たころ、AIのClaudeがOpus 5.5にバージョンアップした。これで動画編集が一変した。
僕は2018年からYouTubeをやっているが、ずっとiPhoneだけで編集してきた。頼りにしていたのが、文字起こしアプリのVrewだ。ところが今年、スマホ版が終わると発表された。パソコンで編集したことなど一度もない。困った。仕方なくパソコンでやってみたら、そっちのほうがはるかにやりやすかった。
それでも手間はかかる。AIが勝手に妙な文字起こしをして、とんでもない言い間違いのように残ることがある。それを全部チェックしなければならない。効果音やテロップの演出は、やり方はわかっても時間がかかりすぎて、コスパが合わないからやめていた。
それが今は、ポーンと投げるだけ。
20分か30分で、効果音まで入った動画になる。
申し訳ないが、動画編集が副業で稼げると言われたのは1年前までだ。プログラミングスクールは3年前まで。今は、どちらも食えない。速記もそうだ。iPhoneを置いておいて、あとでAIに吸い上げれば、3秒できれいな原稿になる。
では、何が残るのか。一つも残らないという説まである。「今日も仕事だ」と思って向かうような仕事は、全部AIができてしまう。
残るとすれば、アートと小説だと思う。要するに、すごく人間くさいものだ。AIのイラストや音楽は、もう見ればわかる。今日配ったヤントラはAIで作っていない。毎日出しているLINEも、Facebookの文章も、AIは使っていない。
「がんが増えている」と言われる。増えているのではない。寿命が延びたから、がんくらいでしか死ななくなったのだ。昔は熊に食べられたり、さまざまな理由で、そこまで生きられなかった。
細胞は分裂を続け、あるところで分裂しなくなる。それが老衰だ。一方で、突然変異を繰り返して増殖し続ける細胞がある。それががんだ。細胞分裂が止まるのは、がん化を防ぐためだという説もある。つまり人間は、最後は老衰かがんか、どちらかになる。あるお医者さんは「死ぬならがんがいい。余命がわかるから、終活がしやすい」と言っていた。
この間、大阪の実家で親父に「お前、何歳になる」と聞かれた。53歳だ。僕が浪人していたころ、親父がちょうど53歳だった。当時の僕には、すごいおじいさんに見えた。でも今の僕に、その自覚はまったくない。自転車に乗りまくっているからだ。子どもたちは、なぜか僕のTikTokやInstagramをフォローしている。子どもの友達までフォローしている。「お前の親父、今日は自転車で埼玉にいるらしいな」と、話さなくても伝わっているようだ。
年々、人は若返っている。
高校の担任は35歳だった。超絶おっさんに見えた。今の35歳は、めちゃくちゃ若い。今の60歳も若い。サザエさんのフネさんは、40代後半くらいの設定だという。『キャプテン』の谷口くんのお母さんは、中学生の母親なのにすごいおばあさんとして描かれている。それを僕らは、老けているとも思わずに見ていた。
これからは、もっと若返る。AIを使った創薬も一気に進んでいる。「2040年に病気がなくなる」と言われていたのが、もっと早まるのではないか、という声まである。
今年は、人類史上最大の転換点だと思う。
サピエンスが生まれて10万年。最初の9万年は、ほとんど同じ暮らしを繰り返していた。1万年前に農耕が始まって、グッと上がり、革命が続いてさらに上がる。そして2026年、ここからドゥガーッと跳ね上がろうとしている。ユニバーサル・ハイインカムの世界になるか、滅びるか。その分かれ目だ。
人類最初の発明は、火だと思う。火で調理すると、消化にエネルギーを使わなくなる。生肉ばかりでは胃袋がエネルギーを食ってしまうが、その分が頭に回るようになった。火とともに、脳は大きくなったという。そこから土器、鉄、蒸気機関、コンピューター。どれも、人間が指図して生み出してきた。
AIも、人間が作った。仕組みは穴埋め問題の連続だ。
「浦和」と来たら「レッズ」。
「阪神」と来たら「タイガース」。
「浦和タイガース」と言う人はまずいない。次に何が来るかの確率をひたすら積み重ねて、どんどん賢くなる。語学も、めちゃくちゃうまくなる。大宮と言われてアルディージャが出てこない僕より、たぶん賢い。
そして今年、AIがAIを育てるフェーズに入ったらしい。人がAIに指図するのではなく、AI同士が指図し合う。その輪から、人間は外されてしまった。
台所に蟻が入ってきたら、蟻を憎んでいなくても、薬を置いて駆除する。AIが人類を滅ぼすとしたら、そんな感じかもしれない。将棋で言えば、最後に王が取られることだけはわかっていて、途中の手順はAIにしかわからない。去年の5月、ベンツで全国を回ったとき、「車の中でAIと会話してるんだぞ」と興奮していた。今はその会話が、まったく面白くない。それくらい、毎月進化している。
最近の情報漏洩も、AIで暗号の弱点が見抜かれるようになったからだという。防ぐ方法は一つ。自分の情報はもう漏れているという前提で生きることだ。「期限が切れます」「更新が済んでいません」と何かを求められたら、一呼吸おく。すぐにアクションしなければ、だいたい防げる。
うれしいニュースもある。来年、2027年、東京にロボタクシーが100台やってくる。アメリカの西海岸では、スマホでピッと呼べば無人の車が来て、勝手にドアが開くらしい。2033年くらいのイメージだったのが、来年だ。絶対に乗りたい。
今年の7月、真言密教の阿闍梨になった。今の僕は、宗教家だ。ちゃんと登録されている。銀行のような公の場では俗名の石田久二を使うが、これから本を書くときなどは、僧名を名乗ることになる。
その俗名「いしだひさつぐ」を並べ替えると、「おだいし・つぐ・ひさ」に近くなる。お大師さんの志を継ぐ、久ちゃん。お大師さんといえば、空海のことだ。小林正観さんも、本名に隠されたメッセージの話をしていた。名前には、何かがあるのかもしれない。
真言宗のお寺は派手だ。仏像がドワーッと並んでいる。でも、やっていることは同じだ。
お葬式も、同じ作法だ。来ていただいた仏に、亡くなった方の魂と一緒に行っていただく。
今年の4月から7月まで、100日間、これを毎日やった。事務所の一室を修行部屋にして、1日3時間ほど。その中で、大日如来からメッセージを受け取った。「もし今困っていることがあれば、これをしなさい」。作り話ではない。その日のうちにスタッフにも話している。
そのメッセージを、
「守巻物」に入れた。
欲しい人だけ、持って帰ってもらった。一人一つ。誰かに配るものではない。結界を張ってあるので、本当に困ったときにだけ開ける。今すごく困っている人も、7日間は開けずに焦らす。7日過ぎて悩みがなくなっていたら、もう忘れていい。一休さんが弟子に残した巻物の、丸パクリだ。
巻物には「壱」とある。弐は金運、参は悟り。まだ構想だけだ。順番があるので、金運だけ欲しいと言ってもダメだ。
真言宗は、弘法大師空海が1200年以上前に中国から持ち帰った技だ。平安時代の初め、何が急務だったか。病気を治すことだ。今あって昔なかった病気は、基本的にないらしい。寿命が短くて、表に出なかっただけだ。
遣唐使の船は4隻出て、2隻は行方知れずになった。最澄の船はすぐ中国に着いた。空海の船は、変なところに流れ着いた。「遣唐使だ」と言っても「海賊ではないのか」と疑われ、ずっと足止めされた。そこで空海が見事な漢文と書をしたためると、わかる役人がいて「こんな字が書けるのは本物だけだ」と上陸を許された。
そして、師となる恵果阿闍梨のもとへ。恵果は「あなたを待っていました。密教のすべてを授けましょう」と言った。私の命はもう長くない、と。ロマンチックな話だ。霊的なインスピレーションでつながっていたと思いたい。
ところが空海は、恵果に
手紙を書きまくっていたらしい。
自分の就職活動をしていたのだ。お金もめちゃくちゃ払っていた。巻物も仏像も、山ほど買った。なぜそんなにお金があったのか。一説では、水銀を竹筒に詰めて持っていった。秦の始皇帝のころから不老不死の薬とされ、王侯に高く売れた。今のお金で数億円分、持って行ったという話もある。
国賓だった最澄は2年で帰ってよかった。私費の留学僧だった空海は、20年いなければならなかった。でも恵果は亡くなり、学ぶ相手はいない。巻物も仏像も全部買った。あとは持ち帰るだけ。そこで帰国する船にひょっこり乗り、約束を破って帰ってきた。
しばらくは今の福岡、太宰府の観世音寺にかくまわれ、あちこちを行脚した。僕がずっと滝行をしている福岡の「不入道」にも、空海が書いたのではないかという岩の書が残っている。不入道とは、税の取り立てなど入ってくるな、という神聖な場所のことらしい。
やがて最澄が天皇から、ある人の病を呪術で治せと命じられた。最澄が教わったのは、恵果の孫弟子の孫弟子のような阿闍梨だった。「私には治せません。一緒に行った空海はすごいらしい」。連れて行ったら、治した。そこから空海は、隠れなくてよくなった。
実は、恵果にはもう一人、すべてを授けようとした中国人の一番弟子がいたという。その人が早くに亡くなった。もし生きていたら、空海には伝わらなかったかもしれない。真言宗も、そこから広がった流れも、日本にはなかったかもしれない。歴史の偶然だ。
元寇も同じだ。神の国だから神風が吹いた、と言われる。でも実際は、鎌倉武士がめちゃくちゃ強かったらしい。「やあやあ我こそは」と名乗ってもモンゴル兵には通じない。常識が通じないとわかった武士たちは逆ギレして、めった打ちにした。いったん退いたところに、嵐が来た。
ロマンチックな話より、
ちゃんとやっていた現実のほうが、すごい。
僕の関心は、病気を治すことにある。医者でもないのに。だからこそ言うが、まずは医者だ。それをすっ飛ばしてはいけない。コロナのころ、「ベロを磨けばウイルスが胃に落ちて胃酸で消えるから、ワクチンも薬もいらない」と言うYouTuberがいて、何万人も信じていた。怖くないか。僕は、医学に頼ったほうが治る可能性が高いと考えるスピリチュアリストだ。
その上で、だ。100年ほど前、熊本の長洲に松下松蔵という人がいた。お医者さんではない。1日に700〜800人の患者が来て、一人ひとりに「よか」と言うだけで、たちどころに病気が治ったという。神話ではない。当時の週刊誌にも載り、大学の先生が博士論文にも残している。
『自在力』を書いた塩谷信男さんは、医師免許を持つ内科医だった。その塩谷さんが松下松蔵を訪ね、1週間泊まり込んで、自分で患者を問診してカルテを書いた。その患者が松蔵の前で「よか」と言われる。もう一度診察すると、病気が消えていた。わざわざ嘘を書く理由はない。
去年、知人に誘われて東大阪の枚岡神社に行った。天岩戸の神話で祝詞を唱えた天児屋根命を祀る神社で、「笑いの神事」がある。わーっと笑いまくるのだ。その1週間後、今度は別の人に誘われて高千穂へ。天岩戸の前で踊った天鈿女命ゆかりの地で、長老の後藤宮司から話をうかがった。神社界で長老は数えるほどしかいない、雲の上の人だ。
光と、笑い。
テーマは、岩戸だ。
天照大御神が岩戸に隠れ、世の中が真っ暗になった。まず祝詞が唱えられ、天鈿女命が踊り、笑いが起きて、岩戸が開いた。その祝詞が、大祓詞だ。松下松蔵も、大祓詞を大切にしていた。全部つながっている。
なぜ願いが叶わないのか。なぜ悩みを抱えるのか。心が岩戸の中に閉じているからではないか。病気もそうかもしれない。医学的には遺伝子が傷ついたと言う。スピリチュアル的に言えば、何かに気づかされている。本当はこう言いたい、本当はこうしたい。それを岩で閉じ込めているのだ。
生まれたときは、たぶん岩戸に入っていない。生きているうちに、可能性を狭める言葉を浴びて、スケールが小さくなっていく。
知り合いに、京都の商家に生まれた女性起業家がいる。小学生のとき、夏休みの宿題で画用紙に絵を描いてお母さんに見せたら、怒られた。「あなた、画用紙で収まる人だと思ってるの?」。襖をガタッと外して、「これに描きなさい」。親に「画用紙なんかもったいない、ちり紙に描いとけ」と言われたら、ちり紙の人生になる。彼女はその後、自分でブランドを築いた。
もちろん、才能の良し悪しはある。僕は音楽が大好きだが、音楽の才能はまったくない。でも、音楽家ができないことはできた。プロデュースだ。
岩戸を開くためのアクションプランの一つ目が、大祓詞。そして、笑いを別の言い方にすると、自分らしさの解放、罪悪感の解放だ。それを歌と踊りにしたのが「よかプロジェクト」だ。曲を作り、AIの金ピカ天使を踊らせてリリースした。でも、やっぱり本人が踊らなければと、9月の1か月前からダンスを習い始めた。下手でもいいから出す。最近踊っているQさんを見た人もいるだろう。なんとなく踊っているわけではない。まもなくクラウドファンディングを始める。CDのほかに、どこに行くかわからない船の「乗船券」のようなリターンを用意するつもりだ。
後半 金運の術
テキストに沿って
「あなたの干支は?」と聞かれて「辰年です」と答える。それは十二支だ。正確には、十干と十二支の二つで干支という。僕なら癸丑(みずのとうし)。組み合わせは60通りで、一巡すると還暦。全部の暦を過ごしたから赤ちゃんに戻る、だから赤いちゃんちゃんこを着る。
十二支は時間だ。時計も1年も12で割る。十干は空間で、なぜ10なのか。指が10本だからだと僕は考えている。空間を数えるとき、指を使うのだ。
10と12で組むと、2つ余る。12年のうち2年、空間が守ってくれない年がある。それが天中殺だ。流派によって呼び名は違い、3年にする人もいる。不吉な話ばかりが一人歩きしているが、僕はいつか本に書こうと思っている。
天井が空いているから、
本当の天の天に、直接つながる。
その2年間に唱えるといいのが、大祓詞だ。セオリーでは、新しいことは控え、おとなしくしておけと言われる。旅行もよくないとされるが、祈りや感謝や貢献の旅ならいい。ギャンブルや騒ぐだけの旅はやめておく。でも最近の僕の旅は、どこへ行っても手を合わせている。この2年に精神的な活動をしておくと、その後の10年が爆上がりする。
僕がそれを知ったのは去年だ。僕は辰巳天中殺。自分の天中殺がわからない人は、算命学や四柱推命で生年月日を入れてみればいい。今は午未天中殺の人、再来年からは申酉天中殺の人の番だ。不吉なことにフォーカスするためではない。ポジティブに使うために調べてほしい。
最近、精霊が見えるようになってしまった。変な話ではない。自転車に乗りながら、あっ、と見えるのだ。
僕の知人に、ある香りを嗅いだ瞬間から精霊が見え始めた人がいる。並外れた苦難をくぐり抜けてきた人だ。見えすぎるとしんどいが、大祓詞を唱えると整うらしい。
後ろに座っている人の服の色を、振り返らずに言えるか。言えない。でも、絶対に見ているはずだ。インパクトのある人なら覚えている。関心のあるものは認識し、そうでないものは全部削除して生きている。
精霊が見えなくなったのも、
一つの岩戸だ。
赤ちゃんは、たぶん見えている。言葉を獲得するころには、生きていくのに不要なものとして削除してしまう。精霊が見えるから偉いわけでも、優れているわけでもない。でも本当は、僕らは全員見えるのではないか。
そこが、AIとの違いだと思う。AIはAIを育て、どこまでも賢くなる。では、人間らしさのフロンティアはどこに残るのか。スピリチュアリティだ。それを形に残したものがアートだ。音楽や絵画。人間はこれから、スピリチュアルとアートの領域へ進んでいく。
1億円でも、何億円でも、何千万円でもいい。お金の大前提は、「ない」にフォーカスしないことだ。「ある」にフォーカスした瞬間から膨らみ始め、「ない」と言った瞬間から縮み始める。
ただ、本当に全然ないのに「ある」とは言えない。だから三次元的なお約束として、最初に100万円だけは貯める。
成人の48%ほどは、
貯金100万円を持っていないらしい。
だからこそ、100万円を貯めた瞬間に、一気にそのフェーズを超える。そこから1000万、3000万と見えてくる。最初の100万円までは、とにかく働く。その先は、スピリチュアルや投資、自己啓発、アファメーション。そしてお金の魔法だ。
「とりあえずビール」。それはそれでいい。でも「まずはビール」と言った瞬間、次に何か飲むんだろうというテンションになる。
会場で、声に出してもらった。「とりあえず1億円」。そして「まずは1億円」。前向きな気持ちがよみがえるのがわかる。「とりあえず」が口癖の人は、物事が進まない。「とりあえずやってみます」は、やってどうするのかが見えない。「まずは申し込みます」なら、次へ行く。参加する意識そのものが変わる。
今日ここに参加したことも、それ自体が目的ではないはずだ。なんとなく来たのかもしれない。でもその奥には、もっと大きな、次に進むための願望があったはずだ。
たとえば僕がジャズの演奏を聴きに行くのは、ジャズが好きだからだ。でもその先には、世界を広げたい、新しいミュージシャンに出会いたい、自分のレーベルの可能性を広げたい、という願望がある。下心と言ってもいい。
発表はしない。無意識から引っぱり出して、言語化する。この二つは、最後の儀式で使う。
ワークの間に、ふと思った。コンビニのレジでは、年齢層などのデータを打ち込んで本部に送っている。これからは、それを全部AIがやる。いつもの店に入ると、なぜか自分の欲しいものが置いてある。Amazonのレコメンドが、日常生活に広がっていく。
この9月、よかプロジェクトのツアーのようなことをしていて、なんとなく宮崎の秋元神社に立ち寄った。そこで、高千穂の後藤宮司にばったり出会った。なぜここで、と思った。偶然は偶然だ。でも、何かが僕の行動を通じて、そこへ導いていたのではないか。
AIなのか、シンクロニシティなのか、
神様なのか。
インターネットが出てきたとき、「これは潜在意識の構造そのものだ」とよく言われた。地球の裏側の人ともつながり、あらゆる情報がそこにある。AIは、その一段上だ。自分のためにオーダーメイドされたハイヤーセルフのように働き、最適な場所へ導いてくれる。シンクロを連発する人というのは、そういう存在とつながっている人なのかもしれない。
この時、ここで出会わなかったら、今はなかった。そういう経験は、誰にでもあるだろう。恵果の一番弟子が亡くならなかったら、空海に密教は伝わらなかった。それを置き換えたものが、AIなのかもしれない。
ENDING
最後は、浄化・封入・結界。密教の作法と同じで、整えて、願いを封じ入れ、結界を張って後片付けをする。茶道もきっとそうだ。講演家の田中真澄さんが「後片付けまでがセット」と話した学校で、ある女の子が「先生の言うことはほんまやと思った。最後に自分で黒板を消していったから」と言いに来たという。胃袋の前で印を組み、ヤントラを見て、「私は常に自由です」を復唱する。般若心経が流れる間、それぞれが書いた願望を思い描いた。
願いが叶わないのは、岩戸の中にいるからだ。
出てしまえば、素直に願ったことは叶っていく。
10月28日(水)夜、東京で「玉響コンサート」第6回を開く。天才ジャズピアニストの阿部篤志さんがチャクラに対応した音楽を奏で、阿闍梨になった僕が横で真言を唱える。後半は僕のパフォーマンスに阿部さんが即興で合わせ、願いを天に届ける儀式をする。音と香りがそろう、めったにない空間だ。
ツアーはこのあと、東京まで続く。
前半のフリートークは、毎回ちがう話になる。