ジャズと、算命学

ジャイアント・ステップスは、
三合会局である。

― 円を、三つに割る

試論 / あくまでアナロジーとして
はじめに

これは、試論です

はじめに断っておきます。これから書くことは、証明ではありません。算命学の三合会局と、ジョン・コルトレーンの名曲ジャイアント・ステップス。まるで関係のない二つを並べて、「同じ形をしている」と言ってみたいだけの、試論です。

コルトレーンが三合会局を知っていた、などと言うつもりはありません。これは因果の話ではなく、構造がたまたま似ているという、符合の話です。けれど私には、その符合がどうしても偶然に思えないのです。二つの別々の山を登った人間が、同じ頂で出会ってしまった。そんな話として読んでください。

音楽の側

三つの調を、三角形に回る

ジャイアント・ステップスは、ジャズでいちばん恐れられる曲です。なぜか。ふつうの曲は一つの調にとどまりますが、この曲はB・G・E♭という三つの調を、ものすごい速さで回り続けるからです。

この三つは、でたらめに選ばれたのではありません。長三度ずつ、きっかり等間隔に並んでいます。一オクターブ(十二の半音)を、三つに均等に割った三点。音楽の言葉でいえば増三和音、つまり正三角形です。

B G E♭ 長三度ずつ =オクターブを三等分
ジャイアント・ステップスの三つの調。半音十二の円に内接する正三角形(増三和音)。

まずは聴いてみてください。あの目まぐるしさが、これから話す「三つの調を回る」ということです。

算命学の側

十二支の円に、正三角形を内接させる

ここで算命学を見てみます。十二支もまた、円です。子・丑・寅と、十二の支が円環に並んでいます。その円に、四つ飛ばしで三点を結ぶと、正三角形ができる。これが三合会局です。

亥・卯・未で木の局。寅・午・戌で火の局。巳・酉・丑で金の局。申・子・辰で水の局。離れた三つの支が手を結び、一つの大きな五行へと融け合う。十二の円を三つに割った、正三角形の融合です。

申・子・辰=水の局 四支ずつ=円を三等分
三合会局(申子辰=水局)。十二支の円に内接する正三角形。音楽の増三和音と、同じ形。

二つの図を見比べてください。まったく同じ形です。半音十二を三つに割れば増三和音。十二支を三つに割れば三合会局。源も目的もちがう二つが、円を三等分するという一点で、ぴたりと重なってしまう。

二つの和

近くで固まるか、遠くで響き合うか

算命学には、もう一つの融合があります。方三位。亥・子・丑で冬(北)というように、円の上で隣り合う三支が固まって、一つの季節になる。三合が「遠く離れた三点が響き合う」融合なら、方三位は「隣どうしがぴたりと寄り添う」融合です。

音楽にも、同じ二種類があります。隣り合う音を重ねれば、ぶつかり合うクラスター。離れた音を等間隔に重ねれば、宙に浮くような増三和音。近接の和(方三位)と、遠隔の和(三合)。算命学とジャズは、和のつくり方まで似ているのです。

確定と、脱確定

同じ三点でも、向きが逆になる

ここで、もう一歩踏み込みます。三つの音を選ぶといっても、選び方で意味は正反対になります。

たとえばD→G→C。これは四度ずつ上がっていく、ドミナント・モーションの連鎖です。次へ、次へと強く引っぱられ、最後にCへ着地する。調を確定させる方向の三点です。落ち着く先が、はっきり決まっている。

D G C 四度上行 四度上行 =ここに着地(確定)
D→G→C。四度上行で引っぱり、Cへ着地する。調を「確定」させる三点。

ところがジャイアント・ステップスのB・G・E♭は、長三度の等間隔。どこにも着地しません。三つが対等で、どれが主役か決まらない。曲が終わるまで、中心が宙づりのままなのです。同じ三点でも、片方は重力を生み、片方は重力を消す

臨界

確定の道具で、確定を壊した

ここからが、この試論のいちばん書きたいところです。

三合会局=ジャイアント・ステップスの長三度循環は、もともと調を確定させる仕組みの上に建てられています。三つの調は、それぞれちゃんと自分のドミナント・モーション(V→I)を抱えている。一つひとつは、きちんと「着地する」装置なのです。

ところがコルトレーンは、その着地装置を長三度で三つ束ね、急速調で回し切ってしまった。着地するそばから次の調へ放り出され、また着地しかけては放り出される。確定させるための仕組みを限界まで増殖させた結果、それは目まぐるしい転調=脱中心へと反転しました。確定の道具で、確定そのものを壊してしまったのです。

和声進行というものを、彼はここで一度「やり切って」しまった。これ以上コードを敷き詰める先は、もうない。行き止まりの壁に、自分の手で突き当たったのです。

次の次元

手放して、次元をひらく

やり切った彼が次に選んだのは、コードをもっと敷き詰める道ではありませんでした。逆に、コードを手放す道。少ない音階の上をゆったり漂うモードへ、彼は降りていきます。そしてさらにその先で、進行も調も解き放つフリーへ。

ジャイアント・ステップスは、調性という秩序を内側から限界まで張りつめさせ、その臨界点で次の次元への扉を開いた一曲だった。私にはそう聴こえます。確定を極めることが、確定からの解放につながった。出口は、いちばん奥にあったのです。

結び

異次元融合と、呼ばずして

三合会局の本質は、足し算ではありません。離れた三つの支が融け合って、もとのどの支でもない、まったく別の一つの五行に化ける。要素の総和を超えて、次元の違うものが立ち上がる。三合会局とは、そういう異次元の融合です。

コルトレーンが、調性のただ中から非調性の次元をひらいた、あの跳躍。確定の極みから解放へと裏返った、あの一回転。これを三合会局の異次元融合と呼ばずして、何と呼べばいいのでしょう。

もう一度言います。これは因果ではなく、構造の符合です。けれど、別々の山を登った二人が同じ頂で出会うとき、人はそれを偶然とは呼びません。円を、三つに割る。そのとき算命学とジャズの奥で、同じ一つの幾何が静かに鳴っている ―― 少なくとも私には、そう聴こえてならないのです。

※ 本稿はあくまで構造のアナロジーを楽しむ試論であり、コルトレーンが三合会局を参照したという主張ではありません。また、モード・ジャズはほぼ同時期にマイルス・デイヴィスらによっても展開されており、ここで述べたのはコルトレーン個人の歩みに即した一つの見方です。