West Africa · 2024

西アフリカ珍道中トーゴ・ガーナ・サントメプリンシペ

2024.02.25 — 03.06 / 三人旅 / 59–61st country

期間11日間
同行うしくん・としさん
舞台西アフリカ
通算59–61カ国目

二〇二四年二月、西アフリカへ。成田から、エチオピア航空でほぼ二十四時間。たどり着いたのは、トーゴ。人生五十九カ国目だ。そこからガーナへ陸路で国境を越え、六十カ国目。さらに飛行機で、大西洋に浮かぶ小さな島国サントメ・プリンシペへ渡り、六十一カ国目。観光地でもグルメでもない、世界でいちばんマイナーかもしれない国々。道連れは、気心の知れた、うしくんと、としさん。これは——「何にもならない」からこそ、行く価値を見つけてしまった、ある珍道中の記録。

ROUTE / 旅の行程

Gulf of Guinea 赤道 / EQUATOR 59 60 61 成田 アディスアベバ ロメ(トーゴ) アクラ(ガーナ) サントメ 到達国(59–61) 空路 陸路

▲ 2024.2.25 出発 … 三人で、西アフリカの果てへ … 3.6 帰国 ▼

59TOGO
2.25 – 2.26

二十四時間の果てに / 成田 → トーゴ・ロメ

2024.02.25(日)— 02.26(月)

「人生五十九カ国目は、トーゴ。」

成田を二十時半に発ち、エチオピア航空でソウルを経由、アディスアベバで乗り換えて、トーゴの首都ロメまで——ほぼ二十四時間の長旅だ。最近の海外はほとんどビジネスクラス。マイルを貯めておいてよかった。機内では、エチオピアの国民食インジェラ。昔は憧れの食べ物だったが、今や日本でもよく食べている。時代は、変わった。

エチオピアの機内食インジェラ
INJERA — 機中で、エチオピアの国民食

アライバルビザは思ったよりスムーズに通過。ロメの空港を出ると、むわっと暑い。人生五十九カ国目、トーゴに到着だ。日本時間では、ちょうど自分の誕生日だった。タクシーでホテルへ。少し体を休めてから、三人で街歩き。市場のほうへ向かうが、ロメの見どころは、正直これくらいしかないらしい。

VIDEO — うつろうつろ、ロメ到着の記録

海岸まで歩いてみた。南国の気配はあるが、海はそれほど綺麗でもなく、当然、泳いでいる人もいない。それでも、いかにもアフリカという空気が、たまらなくいい。五十九カ国目の夜が、静かに更けていく。

トーゴ・ロメの街
LOMÉ — 首都ロメの、いかにもアフリカな街

ブログ原文 ▸ 出発珍道中①

2.27

アフリカで、誕生日 / トーゴ・ロメ

2024.02.27(火)

「ニーハオと声がかかる。ジュスイジャポネ、と返す。」

ホテルから見下ろすロメの街は、バラックのような家がほとんど。首都とはいえ、まだ貧しい印象を受ける。朝、三人で食べる店を探すも、この国の人はあまり外食しないようで、何も見つからない。結局、ホテル上階のレストランで、オムレツとクロワッサンとコーヒー。こういうので、いいんだよ。

ロメのマーケット
MARCHÉ — いろんなものが並ぶ、ロメの市場

タクシーを一時間千円ほどでチャーターし、街を案内してもらう。病院、警察署、大統領府。これといった見どころはないが、それもまた一興だ。市場を歩けば「ニーハオ」とよく声がかかり、「ジュスイジャポネ(私は日本人です)」と返すと、にっこりされる。腹が減って入った食堂で、チキンとポテト、揚げバナナ、そして代表的な料理ジョロフライス。立派なアフリカ料理だ。

アフリカ料理ジョロフライス
JOLLOF — チキン、揚げバナナ、ジョロフライス

夕方、ホテルのレストランで夕食。眼下では、誰かが太鼓を叩いていた。そのリズム感が、実にいい。そして、トーゴのビール。この辺りはビールが名産だと聞いた。よく冷えていて、美味い。アフリカで迎える、誕生日の夜だ。

トーゴのビール
BIÈRE — 名産だという、トーゴのビール

ブログ原文 ▸ 珍道中②

60GHANA
2.28

この旅、最大の難所 / トーゴ → ガーナ・アクラ

2024.02.28(水)

「え、終わり? 拍子抜けするほど、あっけなく。」

今日は、この旅最大の難所になるかもしれない。トーゴからガーナへの、陸路の国境越えだ。西アフリカの国境は、役人にパスポートを取り上げられ、賄賂を要求されると悪名高い。朝から、少し緊張する。国境では写真が撮れないのだが——結果は、拍子抜けするほどスムーズ。トーゴ出国も、ガーナ入国も、あっけなく終わった。人生六十カ国目だ。

トーゴ側の国境付近
BORDER — まだトーゴ側。緊張の、国境越えへ

国境から首都アクラまでは二百キロ。客引きのタクシーを百ドルに値切って乗り込む。三人なら、安いものだ。寡黙な運転手は時速百二十キロで飛ばし、三時間ほどでアクラへ。ところが手前二キロで大渋滞。一時間動かない。それでも、ガーナの圧倒的な活気を、肌で味わった。

アクラの渋滞と活気
ACCRA — 渋滞すら、ガーナの活気だ

宿は「somewhere nice」という、評判のいい安宿。荷を置いて、まずはビール。ガーナビールに、フライドライスとチキン。しっかり、アフリカの味だ。少し体がだるく、熱を測ると三十七度。最大の難所を越えた安堵もあってか、しっかり眠ると、無事に復活した。

ガーナビールとフライドライス
GHANA — ビールに、フライドライスとチキン

ブログ原文 ▸ 珍道中③

2.29

四年に一度の日に / ガーナ・アクラ

2024.02.29(木)

「フフ、ジョロフライス、そして赤飯みたいなワチェ。」

二〇二四年二月二十九日。四年に一度の、特別な日。ガーナ時間の早朝、日本との時差を使って、出版関係のZOOMミーティング。二時間ほど、実に有意義だった。宿のビュッフェ朝食は、特にパンが美味い。体調も元通り。とはいえ外は暑すぎるし、僕はもともと観光にあまり興味がない。新しい世界を見たいだけ。うしくんも、としさんも、基本は部屋でのんびりしていたようだ。

宿のビュッフェ朝食
BREAKFAST — パンの美味い、宿のビュッフェ

涼しくなった夕方、街の食堂へ。芋やとうもろこしを粉にして練った、国民食フフ。それに、ビーフシチュー。普通に、美味い。現地の人は、安い食材で、いつも同じものを食べているのだろう。

フフとビーフシチュー
FUFU — 国民食フフと、ビーフシチュー

そして、よくわからずに注文した「ワチェ」に、びっくり。これは、赤飯だ。米と小豆の味が、しっかりとある。バックパッカーで日本食が恋しくなった時にこれを食べたら、きっと泣くだろう。アフリカの片隅で、ふいに日本を思い出した、四年に一度の夜。

ワチェ(赤飯のような料理)
WAAKYE — まるで赤飯。米と小豆の、ワチェ

ブログ原文 ▸ 珍道中④

61S.TOMÉ
3.1

マジで、来てしまった / アクラ → サントメ・プリンシペ

2024.03.01(金)

「マイナーな国としても、思い出されないほどのマイナー。」

三月一日。旅は、折り返し地点。今日は六十一カ国目、サントメ・プリンシペへ。アクラの空港からポルトガル航空で、わずか一時間半のフライトだ。これまで東ティモール、アルバニア、ブルネイと、マイナーな国にも行ってきた。でもここは、「マイナーな国」としてすら名前が挙がらないほどの、筋金入りのマイナー。だからこそ、行ってみたかった。機内食のツナサンドをかじりながら見上げた窓の外には、彩雲。なんだか、いいことが起きそうな予感がした。

サントメの小さな空港
SÃO TOMÉ — 61カ国目。小さな空港に降り立つ

当たり前だが、小さな空港だ。ここには、日本大使館がない。夕方の到着が、なんだか少し切ない。それでもイミグレは非常にスムーズで、外に出ると、もう真っ暗。宿の主人が、迎えに来てくれていた。小さなペンション風の宿。アフリカ柄のベッドカバーが、いかにもこの島らしい。

サントメの宿の部屋
ROOM — 小さなペンション風の、宿の部屋

荷を置いて、夜は近くのパブへ繰り出した。アフリカ柄のテーブルクロスに、よく冷えたビール。地元の人たちの賑わいに混じって、三人で乾杯する。大西洋の島国での、最初の夜だ。

サントメのパブでビール
PUB — 地元のパブで、最初の夜のビール

ブログ原文 ▸ 珍道中⑤

3.2

真の目的、ピコ・カン・グランデ / サントメ・プリンシペ

2024.03.02(土)

「何度も写真で見たこの奇岩。これが、今回の旅の目的だった。」

終日、サントメ・プリンシペ。朝食は、フルーツが盛りだくさんで素晴らしい。特に、ジャックフルーツが最高だった。宿のご主人に、三人で二百五十ユーロで一日案内してもらうことに。まずは、六角形の柱が連なる海岸——柱状節理だ。ココナッツや土産物が並ぶが、誰も売る気がないのが、なんともいい。八重山を思い出すような、暑さと海。

柱状節理の海岸
柱状節理 — 六角形の柱が連なる、奇景の海岸

そして——ついに、やってきた。ピコ・カン・グランデ。火山が削れて残った、天を突く一本の奇岩だ。何度も写真で見ては、いつか生で見たいと思っていた。これこそが、今回の旅の、真の目的。登れるらしいが、相当な難易度。見ているだけで、もう十分だ。それにしても、不思議な形をしている。

ピコ・カン・グランデ
PICO CÃO GRANDE — 天を突く、伝説の奇岩

もう一つの目的地、ロラス島へ。この島には、赤道が通っている。子どもたちが泳ぐ、かなりワイルドなアフリカの海。手漕ぎのボートにエンジンを付けて、いざ出発。島を半周しながら、ぐるりと案内してもらった。北半球と南半球の境目に、自分の足で立つ。これ以上の贅沢が、あるだろうか。

ロラス島へ向かうボート
ILHÉU DAS ROLAS — 赤道の島へ、小さなボートで

ブログ原文 ▸ 珍道中⑥

3.3

ありがとう、サントメ / サントメ・プリンシペ

2024.03.03(日)

「来てよかったかと聞かれれば、一〇〇〇%、来てよかった。」

サントメ・プリンシペは、二泊で十分。最終日は、ただ街を歩く。中心部には中央銀行。チョコレートショップに行きたかったが、結局、見つからなかった。三キロほど歩いた先のレストランで、コーラとビール。街中のバザールには、たしかなアフリカの感触がある。

サントメの街と中央銀行
CIDADE — 中心部を、ただ歩く

正直に言えば、二度と来ることはないだろう。悪い意味ではなく、わざわざ来るほどの観光資源が、ない。航空券は高く、宿も割高。それでも——来てよかったかと聞かれれば、一〇〇〇%、来てよかった。ピコ・カン・グランデを生で見て、赤道に立つ。そんな体験は、ここにしかない。

サントメの街のバザール
BAZAR — 街角に、たしかなアフリカの感触

ただ、最大の不安は「日本大使館がない」こと。離島ゆえ、便も毎日は出ない。万一の欠航に備え、僕はひそかに脱出ルートまでシミュレーションしていた。うしくんととしさんには、あえて言わなかったけれど。不安は、自分を守る大切な感覚。最後まで気を抜かず、この島を後にする。

宿のフルーツ朝食
FRUITS — 朝のジャックフルーツが、最高だった

ブログ原文 ▸ 珍道中⑦

3.4

何もしない日 / ガーナ・アクラ

2024.03.04(月)

「この一日は『保険』。安心のための、余白だ。」

サントメからアクラへ戻り、今日は「何もしない日」と決めている。これは、保険の一日だ。もしサントメの便が欠航していたら——その遅れを吸収するための、余白。結果的には何も起きず、無駄になったが、この余白があるからこそ「安心」が得られる。お気に入りの宿「somewhere nice」に、また泊まる。

焼きそば風の料理
CHOW MEIN — 宿に届いた、焼きそば風の一皿

昼は、宿の外の店から焼きそば風の麺を届けてもらう。ペヤングの激辛が、いちばん近いかもしれない。なんだかんだ、この旅で僕らはアフリカ料理をよく食べた。クスクスのようなもの、トマトソースとライス、ポテトフライ。芋は、この辺りでYAMと呼ばれている。

アフリカ料理
AFRICAN — クスクス風、トマトライス、YAM

最後の晩餐は、庭でビールと料理を。設備は安宿でも、こうしてゆったりくつろげるのが、この宿のいちばんの魅力だ。すべて、順調。明日はついに帰国。今回ほど、帰国が待ち遠しい旅もなかった。でもそれは、ネガティブな意味じゃない。しっかりパワーアップできたからこそ、日本が楽しみなのだ。

宿の庭で最後の晩餐
GARDEN — 庭で、最後の晩餐とビール

ブログ原文 ▸ 珍道中⑧

3.5

足裏の、米粒 / アクラ → アディスアベバ

2024.03.05(火)

「取らねば気持ち悪いけど、取っても食えない。」

帰国の途につく。八時半にチェックアウトし、ウーバーで空港へ。オンラインチェックインのおかげで、出国もスムーズだ。アクラからアディスアベバへ。正直、ビジネスクラスの機内食にもすっかり飽きていて、どれも半分ほど口をつける程度。いちばん美味いのは、結局、成田や羽田のラウンジのカレーかもしれない。

アクラ空港の搭乗ゲート
DEPARTURE — アクラから、帰国の途へ

西アフリカは、旅の難易度が高い。黄熱病のワクチンがないと入れず、いまだに不衛生。飯に、なかなか楽しみを見出せない。宿は設備の割に割高で、このコスパの悪さは、バックパッカーの間でも昔から有名だった。それでも今回は、すべてが順調すぎるほど順調。気持ち悪いくらい、トラブルがなかった。

機内食のビーフステーキ
DINNER — 機内食のメインは、ビーフステーキ

西アフリカは、いわば「足裏の米粒」だ。取らねば気持ち悪いけれど、取っても食えない。行かないと気持ち悪いけれど、行ったところで何にもならない。でも——その「何にもならない」からこそ、僕は行く価値を見出してしまった。そして、来た。これから、帰る。

チーズとデザートワイン
CHEESE — チーズと、デザートワインで眠る

ブログ原文 ▸ 珍道中⑨

3.6 / 帰国 / HOMEWARD

不思議な出会い、そして帰国 / アディスアベバ → 仁川 → 日本

2024.03.06(水)

「すべては、奇跡の出会いからなのだ。」

アディスアベバでの乗り継ぎは、ぎりぎり。優先レーンに並んでいると、明らかに外国人に見える青年から、流暢な日本語で声をかけられた。聞けば、ブラジルにルーツを持つ、沖縄の血を引く十八歳。十五歳で起業し、すでに四百人を超える従業員を抱える会社を経営しているという。夢は、映画。そのバイタリティと図々しさ、語学力、そして若さ。すべてが揃った、とんでもない逸材だった。こんな場所で出会うのも、きっと、ご縁だ。

帰国便の機内食フルーツ
HOMEBOUND — 機内食は、もうフルーツだけでいい

機内ではリー・コニッツを聴きながら、いろんな夢を見た。よく眠ったと思う。韓国の仁川空港に到着し、アシアナのラウンジで辛ラーメンをすする。最近、YouTubeでやたら見るやつだ。そして、無事に日本へ。

仁川空港のラウンジで辛ラーメン
仁川 — 帰り道、アシアナのラウンジで辛ラーメン

長いようで、短い旅だった。行く前から帰国を楽しみにしていたのは、後にも先にも、この西アフリカくらいかもしれない。だがそれは、決して辛かったからではない。すべてが順調すぎて、清々しいほど。バリ島やヨーロッパとは、まるで違う種類の満足感。「何にもならない」場所へ、わざわざ行く。その無意味さの中にこそ、自分だけの価値があった。ただいま、日本。

観光資源も、グルメもない。気持ち悪いほど、トラブルもない。それでも、トーゴの太鼓、ガーナの活気、サントメの奇岩、そして赤道。「何にもならない」と言いながら、心は確かにパワーアップして帰ってきた。人生は、無意味の連続なのかもしれない。だからこそ——その一つひとつに、意味を見つけてしまえばいい。

— Q / 何にもならない。だからこそ、行く。