▲ 2026.1.11 旅立ち … 6日間の謎の旅 … 1.16 帰国 ▼
DAY 1
台湾、旅立ち / Taiwan
2026.01.11(日)
「謎のまま、旅は始まる。」
二〇二六年に入って、まだ十日。今日から「謎の旅」が始まる。謎としたのは、よく考えると謎だらけだから。そもそも動機がわからない。八名のうち六名が関空に集合し、初っ端からトラブル続きだった。台湾で荷物は受け取れないと言われ、パラオはビザが必要だと言われ、メンバーの一人は搭乗口でチケットを失くす。結局どれも大事には至らなかったが、気を引き締めようということに。
久々のエコノミークラス。まあまあ快適で、機内食もまあまあ。本を読んでいるうちに台湾に着いた。二十四時間以内のトランジットだと三千円分のクーポンがもらえる。なんやそれ、と笑いながら、八人乗りのタクシーでホテルへ。桃園の、入口が市場の中にある面白い宿だ。
TAOYUAN — 入口が市場の中の宿
夜は六時半から、ウロウロ歩いて火鍋のような店に入った。五千円で食べ放題、ビールも料金込み。満足、満足。明日はいよいよパラオだ。
TAIWAN — 火鍋で食べ放題、ビール込み
ブログ原文 ▸ 1日目
65COUNTRY
DAY 2
パラオ、太平洋のど真ん中へ / Palau
2026.01.12(月)
「太平洋のど真ん中に、降り立つ。」
七時に集合してタクシーで空港へ。いよいよパラオへ飛ぶ。関空でビザが必要と言われていたけれど、案の定、不要だった。誓約書をパスポートにスタンプされ、サインで入国。税関もスムーズに抜けて——六十五カ国目!
PALAU — 誓約書にサインして、65カ国目
ホテルの送迎が来て、スーパーに寄ってから宿へ。乾季のはずが、低気圧がやってきて雨模様。太平洋のど真ん中にいるんだな、と実感する。今回は共有スペースと独立した三部屋のあるコンドミニアムに、別の一室を足して八名。俺は男子部屋のツインとは別に、ソファで寝ることにした。
夜は店の送迎車で街中へ。南太平洋の島は、働き手に中国人や台湾人が多い。だから日本では味わえない本格中華が食べられる。宿に帰れば、持ち寄ったワインやウイスキーで語りタイム。最高だ。
PALAU — 島で出会う、本格中華
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DAY 3
飲んだくれの一日 / Palau
2026.01.13(火)
「予定が流れた日こそ、いちばん尊い。」
太平洋のど真ん中で熱帯性低気圧が生まれ、終日雨。楽しみにしていたペリリュー島のツアーは、朝の電話でキャンセルになった。まあ、それはそれ。朝からダラダラ過ごすことにする。
しかし、これがとても尊い時間だった。サルサの動画を見ながら初歩のステップを踏み、少林寺拳法の初級講座をやり、表では言えない裏話まで。ペリリューへ行けなかった分、ここで慰霊に捧げる気持ちを込めて、献杯の日本酒をいただいた。来たこと自体が、重要なのだ。
CONDO — サルサのステップと、語らいの時間
夜はタクシーで街中へ。一国の首都の中心地なのに、夜はほとんど明かりもなく、まさに異国。どこか昭和の匂いもする。ディナーは日本食の居酒屋。公用語が日本語というだけあって、日本と馴染みが深い。名物のタロ芋のコロッケに焼酎、近海の刺身。中でもシャコガイの刺身——そういえばパラオと言えばアントニオ猪木。昔テレビで、どこかの島で猪木がでっかい貝を獲って刺身にしていた。あれは、パラオだったか。
PALAU — シャコガイの刺身、近海のもの
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DAY 4
僕はここに呼ばれて来た / Palau
2026.01.14(水)
「僕は、ここに呼ばれて来たんだ。」
起きると晴れていた。低気圧が一時的に離れたらしい。レンタカーが二台、宿まで届く。トヨタの中古車で、右ハンドルなのに通行は右車線。せっかくだから、車で行けるところは全部行こう。最南端には日本大使館。あの塀の向こうは、法律上は日本になるんだろうか。
PACIFIC — どこまでも、太平洋
パラオは、繁華街のあるコロール島と、空港のあるバベルダオブ島が橋で結ばれている。かつて韓国がその橋を架けたがすぐに崩壊し、日本が無償で建て直した。だからか、この国の親日ぶりは尋常じゃない。先人たちに、ただ感謝する。
北上すると「ストーンモノリス」という遺跡があった。なんとなく足が向いた。パラオにはない岩で作られた、古い祈りの場。文字なのか絵なのか分からない刻みの中に、かわいい宇宙人のような姿もある。御嶽(うたき)そのものだ。——僕は、ここに呼ばれて来たんだ。そう思った。
STONE MONOLITH — 古い祈りの場、御嶽のような
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DAY 5
未完の完了 / Palau → Taiwan
2026.01.15(木)
「未完だからこそ、また呼ばれる。」
朝、朝食に行くとテラスから虹が見えた。祝福であり、歓迎なのだと思う。質素な朝食が、かえっていい。
RAINBOW — 朝のテラスに、祝福の虹
ペリリュー島へ行けなかったことの意味を考えた。パラオは、何度も来る場所じゃない。よほどでなければ一生に一度だろう。なのに、なぜか縁を感じる。懐かしい。ほんの一瞬、昭和の日本を感じさせる空気があるからか。人口二万人足らずの島に日本大使館があり、戦前の日本語が今も普通に使われている。ハンガーを「エモンカケ」と呼ぶのを知っているのは、俺の世代でギリギリだ。ストーンモノリスは、御嶽そのものだった。
ペリリューに行けなかったのは、俺の中では「未完」だ。でも、未完だからこそ「また来い」なのかもしれない。行っていたら、もう来る理由はなかった。行かなかったからこそ、戻ってくる理由を残してしまった。それがいつになるかは分からない。二十年後かもしれない。昼は国民食のサッポロ一番(パラオ語で"ラーメン"のこと)をすすり、十二時半に空港へ。未完の、完了。
PALAU — 国民食サッポロ一番(=ラーメン)
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