▲ 2008.11.1 出発 … 七人の巡礼・奇跡の8日間 … 11.9 帰国 ▼
DAY 1
七福神、出発 / 成田 → デリー
2008.11.01(土)
「三年ぶり、四度目のインドへ。」
三年ぶり、四回目のインド。今回は俺を含めて七名。名づけて「七福神」だ。寝つけないまま成田へ向かう。見送りに来てくれた友人もいて、十時には全員集合。トラブルもなく、七人がそろって発てること自体に、まず感謝した。
NARITA — エアインディアに乗り込む、わくわく
機内では、中村天風の『運命を拓く』を開く。そういえば天風も、若き日にインドで人生を変えられた人だった。「ハッピースマイル」と冗談を言い合っていたら、機内で手に取った新聞に同じ言葉が載っていて、一同ぶるぶる。早くも、この旅の只ならぬ気配を感じた。
IN-FLIGHT — 日印コラボの機内食
九時間でデリー着。かつてはタクシーやリクシャーにもみくちゃにされたものだが、今は客引きの姿もまばらだ。立派なバスでホテルへ。近くの店で食べたカレーもナンもビールも旨く、それで一人千円もしない。インドはやっぱり、安くて、量が多い。
DELHI — 夜も元気な、大渋滞
ブログ原文 ▸ 初日
DAY 2
タージマハル / アグラ
2008.11.02(日)
「途方もない愛の形が、そこにあった。」
朝、列車でアグラへ。向かう先は、世界でいちばん有名な建築——タージマハル。インドの列車は、二時間遅れても、誰ひとり文句を言わない。素晴らしい国民性なのか、急ぐ理由がないだけなのか。
TRAIN — アグラまでの、ちょっと上等な列車
完璧なフォルム。白大理石が、光を受けて静かに発光している。皇帝が、亡き妃のために二十二年をかけて建てた墓廟。途方もない愛の形が、ただ静かに、そこにあった。
TAJ MAHAL — 完璧な、白のフォルム
ブログ原文 ▸ 二日目
DAY 3
十五時間の、列車 / アグラ → ブッダガヤ
2008.11.03(月)
「その一目のために、俺は迷わなかった。」
今回の旅には、ひとつの使命があった。メンバーのMさんの希望で、貧しくて教育を受けられない子どもたちのための無料の学校「ミネハハ・スクール」を訪ねること。その学校に深く関わる歌手・ミネハハさんが、偶然にも同じ時期にブッダガヤに来られるという。一目でいい、お会いしたい。けれど、他のメンバーはタージマハルも見たい。両方を叶えるには——普通のツアーではあり得ない、強硬手段が必要だった。
俺は、インドの列車のダイヤを丹念に調べ、旅行会社にこちらからリクエストした。貴重な日中の十五時間を、まるごと列車に費やす行程へ。誰がそんなことをするだろう。でも、その一目のために、俺は迷わなかった。
RAILWAY — 日中まるごと、十五時間の旅
夜、ブッダガヤ着。ところが——いるはずのミネハハさんが、どこにもいない。宿帳にも名前がない。心当たりのホテルを当たっても、見つからない。何のための十五時間だったのか。Mさんは、めずらしく落ち込んでいた。それでも俺は「ありがとう」と、魔法の言葉を口にした。これは、必ず何か意味がある。そう、自分に言い聞かせて。
ブログ原文 ▸ 三日目
DAY 4 ✦
奇跡の日 / ブッダガヤ
2008.11.04(火)
「ありがとう〜! 愛しています〜! ——日本語の、大合唱。」
朝、三年前に世話になった青年アショカと、感動の再会を果たした。小さな村ブッダガヤでは、三年前に数日いただけの俺を、覚えている人が驚くほど多い。マハーボディ寺院でも、声をかけてくれる人がいた。よほど、この地に縁があるのだろう。
REUNION — 三年ぶり、アショカとの再会
そして、奇跡が動き出す。ミネハハさんは、まだブッダガヤにいた。本来なら早朝に発っているはずが、デリーのテロの影響でツアーが中止になり、予定が狂って——四日は、終日ブッダガヤに留まることになったというのだ。我々は、ミネハハさんとともに、子どもたちの学校へ向かった。その道はなんと、ブッダが悟りの後に初めて説法をしたサールナートへと続く道だった。
仮の校舎に、青い制服の子どもたちが、廊下にあふれるほど座っていた。俺が先頭で入っていく。すると、子どもたちが声をそろえて——「ありがとう〜! 愛しています〜!」 日本語の、大合唱だ。彼らには、いちばん美しい日本語を教えているのだという。その言葉のシャワーを、三六〇度から全身に浴びた瞬間、涙が、止まらなくなった。
TEARS — 「ありがとう、愛しています」。涙が、止まらない
俺は、人前で涙を見せない方だ。でも、このときばかりは、率先して泣かせてもらった。メンバー全員が、泣いていた。この世でもっとも尊い二つの言葉——「ありがとう」と「愛しています」。それを、多くを持たない子どもたちから、惜しみなく与えられたのだ。学校をつくったダルさんも、ディップさんも、嫌がらせに屈せず、ただ一人でも多くの子の未来のために動き続けている。使命を生きる人は、強い。
そして——実は、この「十一月四日」という日付を、ある一人が"予言"していた。メンバーのPecoさん。その年の七月、清里でのセミナーで催眠誘導のワークをしたとき、彼女の潜在意識から「鍵」と、そして「十一月四日」という正確な日付が出てきたのだ。当時、彼女はまだインドに行く予定すらなかったのに。——魂は、宇宙のもとで、ひとつに繋がっている。その日、俺はそれを、痛いほど実感した。
ブログ原文 ▸ 四日目 〜奇跡の日〜
DAY 5
悟りの地から、聖なる河へ / ブッダガヤ → バラナシ
2008.11.05(水)
「悟りとは、たぶん、感謝のことだ。」
朝、マハーボディ寺院へ。ブッダが菩提樹の下で悟りを啓いた、その場所だ。一つひとつの祈りに、魂が宿る。すべてが、宇宙の方を向いている。雷雨の中、ひとり瞑想する仏陀を、一匹の大蛇が守ったという。
BUDDHA — 雷雨の中、大蛇に守られて瞑想する
三年前、俺もインドのラダックで、丘の上で般若心経を唱え続け、八百巻を過ぎたあたりで、滝のように涙が出た。あれは、まぎれもない「感謝」の涙だった。悟りとは、たぶん、そういう感謝のことなのだと思う。
FAREWELL — 夢のような三日間。また、何度でも
夢のような三日間を終え、ブッダガヤを後にする。列車に揺られ、ヒンズーの聖地・バラナシへ。車が入れないので、リクシャーに乗り換えて、ガンジス川沿いのホテルへ向かった。
VARANASI — 聖なる河の街へ、到着
写真 ▸ インド写真2
DAY 6
バラナシと、サールナート / 終日バラナシ
2008.11.06(木)
「初めて説法をした地で、俺も語った。」
ガンジス川のほとり、バラナシ。生と死が、同じ岸辺で隣り合う街だ。夜のダシャーシュワメード通りには、祈りと喧噪が、混然と満ちていた。
GANGA — 夜のダシャーシュワメード通り
そして、サールナートへ。ブッダが悟りの後、初めて説法をした地だ。その聖なる場所で、僭越ながら、俺も仲間たちに語らせてもらった。使命とは、天命とは何か。なぜ、我々はこの七人で、ここに集ったのか。言葉は、自然とあふれてきた。
SARNATH — 説法印を結ぶ、お釈迦様
ブログ原文 ▸ 中間報告
DAY 7
デリーへ / 旅の終わりに
2008.11.07(金)
「これはもう、宇宙の意思としか言いようがない。」
飛行機でデリーへ戻る。長い旅の、最後の一日。振り返れば、当初の計画では考えられないような偶然が、次から次へと舞い込んだ旅だった。針の穴を通すような確率の出会いと、奇跡の連続。これはもう、「宇宙の意思」としか言いようがない。十一月四日、メンバー全員が号泣したあの日のことを、何度でも思い返していた。
ブログ原文 ▸ 熱い気持ち