陰 占 ・ 天 中 殺

に じゅう

宿命二中殺・互換中殺とは自分しか頼れない、一代の形

二重の欠落一代運石田久宗

欠落を、二つ抱えて生まれてくる形があります。宿命二中殺と、互換中殺。どちらも、宿命天中殺のなかでも、とりわけ深い個性を持つ人たちです。

宿命二中殺

日干支しか、ない

生年天中殺と生月天中殺を、両方いっぺんに持っている形です。年も、月も、欠落している。命式のなかで確かなのは、日干支、つまり自分自身だけ。だから、自分しか頼れない宿命を生きることになります。

親も家系も、頼りにならない。それは、寄る辺のなさでもあります。けれど、その孤独は、精神の世界では、そのまま強さに変わります。誰にも寄りかからずに立つ人は、目に見えないものの世界で、ずば抜けた高さに登れる。宗教や仏門など、精神社会において大成し、高位に登る天命とされる形です。子どもは、男の子より女の子に縁があり、女系家族を作りやすいとも言われます。

互換中殺

親と子で、天中殺を交換する

互換中殺は、少し込み入っています。生年干支の持つ天中殺が日支にあり、同時に、生日干支の持つ天中殺が年支にある。親と子が、たがいの天中殺を、交換し合っているような形です。片方だけでは成立しません。両方が、たがいの支に出ていることが条件です。

親から見ても、子から見ても、たがいが不自然で、異質な存在に映ります。同じ家にいながら、どこか違う世界の人どうし。この人は、初代の気を持つ一代運です。自分一代で仕事を築き、その終わりも、自分の手で閉じる。生涯を受け身で、静かに生きれば、大きな波乱を避けられます。あえて波乱の人生を選ぶかどうかは、本人しだいです。

共通して

二重の欠落は、二重の可能性

欠落が一つでも、人一倍それを埋めようと懸命になるのが、宿命天中殺でした。それが二つ重なるのですから、この人たちの生きる濃度は、なみたいていではありません。けれど、思い出してください。欠落とは、不確実であり、可能性です。二重の欠落は、二重の可能性でもある。だからこそ、精神の世界という、枠のない領域で、彼らは誰よりも高く登っていけるのです。

宿命天中殺に、吉凶はありません。二つ抱えているのは、重荷ではなく、それだけ深い個性を託されて生まれてきた、ということです。

頼れるものが、自分しかない。
それは、自分という一点を、どこまでも深く掘れる、ということです。