対冲にせよ、害にせよ、刑にせよ。位相法の散法が教えてくれるのは、「こうなる」という決定論ではありません。五行と命式からの、メッセージです。今年、私はそのメッセージに、実際に救われました。
今年の私
東に、害がある年
二〇二六年は、午の年です。私の年支は、丑。丑と午は、害の組み合わせです。つまり今年の私は、後天運として、東に害がある。東は仕事の場所ですから、仕事上の不調、トラブル、ミスが出やすい年、ということになります。
ここで大事なのは、読み方です。害が「ある」から、トラブルが「起こる」のではありません。害があるというのは、注意喚起なのです。今年は仕事まわりで、ふだんならしない見落としをするかもしれませんよ、という知らせ。私はそう受け取って、年のはじめから、仕事の確認ごとを一段ていねいにやることにしていました。
実話
withが、andになっていた
私が主宰しているジャズレーベル、QAZZ Recordsの二十六枚目に、ピアニスト水野修平さんのアルバム「Shuhei Mizuno Trio with Strings」があります。三月上旬、マスターのDDPが上がり、デザインも上がり、メーカーへの納品まで済んでいました。何度も何度も見直したデータです。あとは、出来上がりを待つだけ。
けれど、頭の隅に「東に害」がありました。安心のために、もう一度だけ、納品データを開いてみたのです。
背表紙の文字が、目に飛び込んできました。「Shuhei Mizuno Trio and Strings」。withが、andになっていたのです。中のライナーノーツの誤植なら、正誤表を挟むなり、目をつぶるなり、やりようはあります。けれど、ジャケットの背表紙は、だめです。棚に差したとき、いちばん外に出る顔なのですから。
水野さんの大きなリサイタルが、四月上旬に控えていました。それまでに間に合わせたい。すぐにメーカーに連絡をして、データを差し替えました。多少の費用はかかりましたが、アルバムは無事、正しい背表紙でリサイタルに間に合いました。
もしあのとき、「東に害」を意識していなかったら。納品済みの、何度も見直したデータを、もう一度開くことは、まずなかったでしょう。水野さんに、誤植のある不格好なジャケットを渡すところだったのです。
読み方
害があったら、ラッキーである
もう一度、言います。位相法は、決定論ではなく、メッセージです。後天運のサイクルには、バイオリズムのような波があって、不調をきたしやすいタイミングというものが、たしかにあります。散法は、その波の位置を教えてくれる。それだけのことです。
だから、害や対冲がめぐってきたら、むしろラッキーだと思ってください。注意すべき場所と時期を、先に教えてもらえたのですから。行動を止める必要も、ありません。注意すれば、問題ないのですから。現に私は、東に害のある年に、アルバムを一枚、世に出しています。
逆に、いちばん良くないのは、害という言葉が「呪詛」になってしまうことです。害があるから何か悪いことが起こるはずだと怯えて、その怯えが、文字どおりの害を引き寄せてしまう。それでは本末転倒です。
算命学に、善悪はありません。いや、もっと正確に言いましょう。すべては善であり、良なのです。凶と呼ばれる形さえ、使い方ひとつで、味方になる。位相法を活用するとは、そういうことです。
害は、予言ではなく、知らせ。
ひと文字の誤植を教えてくれたのは、二千年前から届いた、注意書きでした。